わが家の不登校の記録|保育園から高校そして進路まで

食卓でそれぞれ違うことをする親子

私には、小学校から高校まで不登校を経験した息子がいます。
このページではわが家で実際に起きたことを保育園から高校まで時系列でまとめています。
同じ不登校でも、きっかけや状態は子どもによってさまざまです。
ここに書いているのは、あくまでわが家の一例です。
今まさに悩んでいる親御さんに、少しでも参考になることがあればうれしいです。

まず最初に読んでいただきたい記事

不登校になりたての頃の戸惑い、親としてやってしまったこと、少しずつ見えてきたことを、小学校から高校まで通して振り返っています。

不登校を小学校から高校まで経験してわかったこと|親が最初に知っておきたかったこと
小学校から高校まで続いたわが家の不登校経験を振り返ります。不登校になりたての頃の戸惑い、親の対応、子どもの変化、高校で見つけた進路まで。あくまで一例ですが、同じ悩みを持つ方の参考になればと思います。

保育園から見えていた小さなサイン

後から振り返ると、あれが最初のサインだったのかもしれないと思う出来事がありました。

保育園から始まった不登校の兆候①
※この記事は保育園児の不登校(登園しぶり)について書いていますまだ「不登校」という言葉が思い浮かばなかった頃子供が「保育園に行きたくない」と行き渋ることは決して珍しいことではありません。私自身も当時は「よくあること」「そのうち慣れるだろう」…
保育園から始まった不登校の兆候②
不登校の息子が保育園の時に体験した、集団の中で起きていた、見えにくい出来事

小学校編|少しずつ積み重なっていったもの

不登校のきっかけになった出来事 不登校|小学生編

小学1年生では少しだけ「行かない」日がありましたが、その時は先生の働きかけもあって再び通えるようになりました。

その後も友人関係や習い事で傷つく出来事が重なり、小学6年生の秋には完全に学校へ行けなくなりました。

はじまりから少しずつ積み重なった出来事
不登校小学生編①|はじまりは1年生
小学校に通い始めてから、保育園の時とは違い一日の大半を勉強して過ごす環境になかなか慣れなかったり、習い始めたサッカーでチームメイトからいたずらされたりで段々と「学校」を休みがちになった息子。またサッカーを辞めようとしたときに手を差し伸べてくれた人たちの話です。
不登校小学生編②|2年生の帰り道、「頭に当ててやる!」
不登校の原因になったと思われるC君に初めていやなことをされたときの話です。
不登校小学生編③|「何もなかった」ようで、そうではなかった3年生
不登校になった原因かどうかはわかりませんが、親が病気になって「いつも居るはずなのに居ない」大きなトラブルはなかったにしてもさみしい思いがあったと思われる小学3年生の時のお話です。
見えてきた原因
不登校小学生編④|息子が不登校になった理由—「Cくん」という存在
小学6年生になって不登校の原因となることが起き、息子は段々と学校を休む日が多くなってきました。完全に行かなくなる少し前に起きた出来事です。
不登校小学生編⑤|息子が不登校になった理由—サッカーという挫折
息子が不登校になった原因と思われる「サッカー」での出来事を綴っています。先生もコーチも信じられなくなり心を閉ざしてしまった頃のお話です。

最初は一時的な登校しぶりでしたが、学年が上がるにつれて学校での出来事や家庭の状況も重なり、少しずつ不安定になっていきました。

中学生編|行きたいのに行けない日々

中学校では、最初の4日間だけ登校しましたが、5日目から再び行けなくなりました。
1年生はほぼ完全不登校でした。

2年生では別室登校をしたり、先生に背中を押されて文化祭だけ参加できたこともありました。

3年生になると受験を意識して少しずつ登校を始めましたが、受験が本格化する頃にまた通えなくなりました。

不登校 中学1年|入学5日目から再び学校へ行けなくなった
中学入学5日目から再び不登校になった息子。中学1年の家庭での様子、先生との面談、小学校の経験から気をつけたNG行動や親のストレスとの向き合い方をまとめました。
不登校 中学2年|別室登校しながらもがいた一年間
不登校息子の中学2年の、別室登校や先生との関わりの様子を綴っています。行けたり行けなかったりしながら、それでも前に進もうともがいていました。
不登校 中学3年|受験をきっかけに登校したけれど…
中学3年になり受験をきっかけに教室登校を決めて通い始めた息子。時々休みながらも9月までは登校しますが、10月になって急にまた行けなくなってしまいます。それでも何とか3校受験して1校だけ合格します。
不登校 中学3年|受験目前で再び不登校に…それでもなんとか高校生になれた
高校受験目前で再び不登校になった息子。三者面談後に完全に起きられなくなり、高校受験も危うい状況に。それでも自己申告書を提出し、なんとか高校進学へたどり着いた体験談です。

高校編|通信制への転学とその後

なんとか高校に合格し、バス通学を始めました。

けれど、ゴールデンウィーク明けには再び登校できなくなりました。

中学校は出席日数が少なくても卒業できますが、高校では欠席が続くと留年という現実があります。

このまま留年するのか、それとも別の道を選ぶのか。
息子と考えた結果、通信制高校へ転学しました。

不登校 高校編①|入学後のつまずきと通信制への転学
高校受験は3校受けて1校だけ合格し、通い始めましたがゴールデンウィークが終わった頃にまた雲行きが怪しくなり行けなくなりました。出席日数が進級不可になるころ今後どうするかを話し合い、結果通信制高校に転学することを決めました。
不登校 高校編②|通信制高校へ転学を決めたときのこと
全日制高校へ入学したものの、ゴールデンウィーク明けから三度目の不登校になった息子が通信制高校への転学を決めたときの話です。
不登校 高校編③|転学後の生活 “見守る”は根気との勝負でした
高校で不登校になった息子が通信制高校「N高」へ転学。その後の生活、レポート提出、単位不足、親の見守りの葛藤までを実体験としてまとめました。「やらなきゃいけないのにできない」子どもとの向き合い方を振り返ります。

親として感じていたこと・その後の気づき

不登校は、ひとつの出来事だけで起きるものではなく、いくつもの小さな積み重ねの中で表れてくることがあります。

もしよければ、こちらの記事もあわせて読んでみてください。

親がやってしまいがちなNG行動

不登校の子どもに親がやってしまったNG対応|あの頃の自分に伝えたいこと
自分の子どもが不登校になると、親はどう対応したらいいのかわからなくなります。わからずにやってしまいがちな親のNG行動について書いています。

「学校に行かせなきゃ」という焦りから私自身がやってしまったことを書いています。

不登校の子どもに必要だったもの

不登校の子どもに必要だったのは「来なさい」ではなく、安心できる関わりでした
小学6年生の秋、息子が完全不登校になってどうしていいかわからず「行かせなきゃ!」と焦っていた私がスクールカウンセラーやSSWと出会い考え方が変わってきたときの話です。

「来なさい」や「行かせる」ではなく安心できる関わりについて書いています。

家にいる時間も子どもにとっては成長の時間

不登校で家にいた時間も、子どもは少しずつ育っていました
Youtubeで料理を覚えたりパソコンのことについて調べたり、学校に行けなくなって家で過ごしていても少しずつ育っている。

学校に行っていない時間に息子の中で起きていた変化について書いています。

不登校になったばかりの頃、私はまず「何が起きているのか」が分かりませんでした。

今振り返って思うこと

不登校になると、親はどうしても「学校へ戻すこと」を考えてしまいます。

わが家もそうでした。

どうすればまた学校に行けるのか。
そればかり考えていました。

正直に言うと、自分の子どもが不登校であることをなかなか受け入れられませんでした。

「甘えているだけなのでは」
「頑張れば行けるのでは」

そんなふうに思ったこともあります。

思うように動けない息子に、腹を立ててしまったこともありました。

普段はよく話す息子が、朝になると黙り込み、頭を抱えて動けなくなる。

その姿を見て、「これは本人の気持ちだけではどうにもならないのかもしれない」と思うようになりました。

その後、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー、臨床心理士の方と話すなかで、不登校への理解が少しずつ深まりました。

すると、私自身の関わり方も少しずつ変わっていきました。

まず必要だったのは「無理に動かすこと」ではなく、安心して休めることだったということです。

そして、子どもは止まっているように見えても、その中で少しずつ育っていました。

通信制高校を卒業し、専門学校に「登校」し始めた息子ですが、正直また「行けなくなったらどうしよう」という不安は心のどこかにあります。

けれど、これまでの不登校体験があったからこそ万が一また「行けなくなる」ことがあっても今度は冷静に対処したいと思っています。

息子も、ゆっくり休む時間があったことで少しずつ変わっていきました。
年齢的な成長もあると思いますが、精神的にも強くなってきたと感じています。

子供は成長します。立ち止まっていた時間があっても前に進めるようになると信じています。

今、不登校で悩んでいる子どもたちや保護者の方の未来が、少しでも明るいものであることを願っています。

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