わが家の不登校の記録|小学校から高校そして進路まで

食卓でそれぞれ違うことをする親子

私には、小学校から高校まで不登校を経験した息子がいます。
このページではわが家で実際に起きたことを小学校から高校まで時系列でまとめています。
今まさに悩んでいる親御さんに、少しでも参考になることがあればうれしいです。

我が家の不登校の経過

小学校

小学校に入ってすぐ、息子は保育園とはまったく違う環境に戸惑っているようでした。
長い授業時間、集団生活、決められたペースで過ごす毎日。小学1年生では、少しだけ「行かない」日がありましたが、その時は先生の働きかけもあって再び通えるようになりました。

その後も、友人関係や習い事で傷つく出来事が重なり、小学6年生の10月から12月までの3か月間、完全に学校へ行けなくなりました。

翌年1月から少しずつ登校できるようになったものの、その直後に新型コロナウイルスの影響で休校となり、学校生活はまた大きく変化しました。

中学校

中学校では、最初の4日間だけ登校しましたが、5日目から再び行けなくなりました。
1年生はほぼ完全不登校でした。

2年生では、別室登校をしたり、先生に背中を押されて文化祭だけ参加できたこともありました。

3年生になると受験を意識して少しずつ登校を始めましたが、受験が本格化する頃にまた通えなくなりました。

高校

なんとか高校に合格し、バス通学を始めました。
けれど、ゴールデンウィーク明けには再び登校できなくなりました。

中学校は出席日数が少なくても卒業できますが、高校では欠席が続くと留年という現実があります。

このまま留年するのか、それとも別の道を選ぶのか…。家族で考えた結果、N高等学校へ転学しました。

その後、無事に卒業し、現在は専門学校に通っています。

親として感じていたこと

不登校になったばかりの頃、私はまず「何が起きているのか」が分かりませんでした。

どうすればまた学校に行けるのか。
そればかり考えていました。

正直に言うと、自分の子どもが不登校であることをなかなか受け入れられませんでした。

「甘えているだけなのでは」
「頑張れば行けるのでは」

そんなふうに思ったこともあります。

思うように動けない息子に、腹を立ててしまったこともありました。

少しずつ見方が変わったきっかけ

普段はよく話す息子が、朝になると黙り込み、頭を抱えて動けなくなる。
その姿を見て、「これは本人の気持ちだけではどうにもならないのかもしれない」と思うようになりました。

その後、スクールカウンセラーやソーシャルスクールワーカーの方と話すなかで、不登校への理解が少しずつ深まりました。

すると、私自身の関わり方も少しずつ変わっていきました。

「学校に行かせること」だけではなく、まず安心できることが大事なのだと気づき始めたのです。

このあと読んでほしい記事

不登校は、ひとつの出来事だけで起きるものではなく、いくつもの小さな積み重ねの中で表れてくることがあります。

もしよければ、次の記事もあわせて読んでみてください。

不登校のきっかけになった出来事 不登校|小学生編

小学校では、学年ごとに少しずつ状況が変わっていきました。

最初は一時的な登校しぶりでしたが、学年が上がるにつれて学校での出来事や家庭の状況も重なり、少しずつ不安定になっていきました。

はじまりから少しずつ積み重なった出来事
不登校小学生編①|はじまりは1年生
わが家の不登校は、保育園の時に兆候があり小学1年生のときに少しだけ始まっています。その後、2年生から5年生まではトラブルがありながらも通えていて、本格的に不登校になるのは6年生の秋からでした。でも今回は、その“はじまり”だった1年生の頃の話…
不登校小学生編②|2年生の帰り道、「頭に当ててやる!」
息子が本格的に学校へ行けなくなったのは、小学6年生の秋のことです。1年生のときに少しだけ休んだことはありましたが、2年生から5年生の間はトラブルを抱えながらもなんとか通い続けていました。そんな息子の「不登校の原因のひとつ」として、今でも頭に…
不登校小学生編③|「何もなかった」ようで、そうではなかった3年生
息子が本格的に学校へ行けなくなったのは、小学6年生の秋のことです。1年生のときに少しだけ休んだことはありましたが、2年生から5年生の間はトラブルを抱えながらもなんとか通い続けていました。そんな息子の「不登校の原因のひとつ」として、今でも頭に…
見えてきた原因
不登校小学生編④|息子が不登校になった理由—「Cくん」という存在
小学6年生の秋、息子は本格的に学校へ行けなくなりました。本人に理由を聞くと、こんな答えが返ってきました。「Cくんのことが50%、サッカーのことが50%」子ども自身がそこまで言語化できていることに、正直驚きました。今回は、息子が「原因の半分」…
不登校小学生編⑤|息子が不登校になった理由—サッカーという挫折
前回、息子が不登校の原因を「Cくんのことが50%、サッカーのことが50%」と話していたことを書きました。今回は、もう半分の理由——サッカーで起きたことについてです。サッカーとの出会い息子は保育園のころからボールを蹴るのが大好きで、小学1年生…

中学生編

中学では、別室登校から始まりました。

行ける日もあれば、朝になると動けなくなる日もありました。
それでも先生とのやり取りや学校行事を通して、学校とのつながりが完全に切れることはありませんでした。

中学3年では、受験をきっかけに本人が「行く」と決めて動き始めました。
途中でまた立ち止まる時期もありましたが、修学旅行や文化祭、受験を通して少しずつ前に進んでいきました。

中学1年|入学5日目から再び学校へ行けなくなった
中学入学5日目から再び不登校になった息子。中学1年の家庭での様子、先生との面談、小学校の経験から気をつけたNG行動や親のストレスとの向き合い方をまとめました。
中学2年|別室登校しながらもがいた一年間
不登校息子の中学2年の、別室登校や先生との関わりの様子を綴っています。行けたり行けなかったりしながら、それでも前に進もうともがいていました。
中学3年|受験をきっかけに登校したけれど…
中学3年になり受験をきっかけに教室登校を決めて通い始めた息子。時々休みながらも9月までは登校しますが、10月になって急にまた行けなくなってしまいます。それでも何とか3校受験して1校だけ合格します。

高校編

中学卒業後に進学した高校では、入学直後は通えていましたが、ゴールデンウィーク明けから登校が難しくなりました。

スクールカウンセリングや面談を重ねましたが、9月には出席日数の問題から留年が見えてきました。

そこで通信制高校への転学を選びました。

転学後もすぐに順調だったわけではありません。
それでも3年生で本人が進路を決め、現在は専門学校に通っています。

【不登校 高校編】入学後のつまずきと通信制への転学
高校受験は3校受けて1校だけ合格し、通い始めましたがゴールデンウィークが終わった頃にまた雲行きが怪しくなり行けなくなりました。出席日数が進級不可になるころ今後どうするかを話し合い、結果通信制高校に転学することを決めました。

親がやってしまいがちなNG行動

「学校に行かせなきゃ」という焦りから私自身がやってしまったことを書いています。

不登校の子どもに親がやってしまったNG対応|あの頃の自分に伝えたいこと
うちの子が不登校に?!どうすればいい?|わからずにやってしまう親のNG行動自分の子どもが不登校になると、親はどう対応したらいいのかわからなくなります。何が原因なのだろう。どうして朝になると動けなくなるのだろう。うちの子に何が起きているのだろ…

不登校の子どもに必要だったもの

「来なさい」や「行かせる」ではなく安心できる関わりについて。

不登校の子どもに必要だったのは「来なさい」ではなく、安心できる関わりでした
不登校になったばかりの頃、私は「どうしたら学校に行けるようになるのか」ばかり考えていました。でも、親だけで抱えるのには限界があります。学校の先生との関わりも、その時期の大きな支えになることがありました。ただ、うちの場合は小学校と中学校で対応…

家にいる時間も子どもにとっては成長の時間

学校に行っていない時間に息子の中で起きていた変化について。

不登校で家にいた時間も、子どもは少しずつ育っていました
家で過ごす時間の中でも少しずつ変化は起きている不登校になると、親はどうしても「学校に行けるかどうか」に意識が向きます。私もそうでした。今日は行けるかな。明日は動けるかな。そんなことばかり考えていました。でも、今振り返ると、学校に行けなかった…

タイトルとURLをコピーしました