息子が本格的に学校へ行けなくなったのは、小学6年生の秋のことです。
1年生のときに少しだけ休んだことはありましたが、2年生から5年生の間はトラブルを抱えながらもなんとか通い続けていました。そんな息子の「不登校の原因のひとつ」として、今でも頭に浮かぶ出来事があります。今回は3年生のときのお話です。
3年生のことを思い返すと、
はっきりとした出来事はあまり思い出せません。
大きなトラブルがあったわけでもなく、
学校には通えていました。
いつもいるはずの親がいない生活
でも――
この年、私は癌になりました。
治療や体調のこともあり、
それまで当たり前にできていたことが、できなくなりました。
入院中はもちろん、抗がん剤治療中は家にいても動けないことが多々ありました。
実家にはよく行っていたので、私の入院中実家で過ごすことに抵抗はなかったと思いますが
実家の両親には変わりになれないこともあります。
たとえば、スポーツ少年団のサッカー。
うちの両親は運転免許を持っていないし、持っていたとしてもとっくに返納しているくらいの年寄りです。
練習や試合の送り迎えは、他のお母さんにお願いすることもありました。
周りの方に支えてもらい、本当にありがたい状況でした。
不安や遠慮のサインを見逃してたのかもしれない
ただ、子どもにとってはどうだったのか。
いつもそばにいた親が動けない。
生活のリズムも少し変わる。
そんな中で、
不安や遠慮、言葉にできない気持ちを
心の中に抱えていたのかもしれません。
親の私は、「通えているから大丈夫」と思っていました。
でも今振り返ると、
見えていなかっただけで、
小さな変化は確かにあったのではないかと感じています。
何もなかったように見える時期こそ、
実は静かに何かが積み重なっている。
3年生は、そんな時間だったのかもしれません。
