わが家の不登校は、保育園の時に兆候があり小学1年生のときに少しだけ始まっています。
その後、2年生から5年生まではトラブルがありながらも通えていて、
本格的に不登校になるのは6年生の秋からでした。
でも今回は、その“はじまり”だった1年生の頃の話です。
「当たり前」がしんどかった
小学校に入ると、一気に環境が変わります。
団体行動、時間割に沿った生活、そして授業。
息子にとっては、そのどれもが負担だったのかもしれません。
保育園では、みんなで過ごす時間はあっても、
1時間ずっと机に座って勉強することはほとんどありませんでした。
それが小学校では、1日の大半が“勉強の時間”。
その変化が、少しずつ息子を疲れさせていきました。
友だち関係の変化
もうひとつ大きかったのが、人間関係です。
保育園では10人ほどのクラス。
でも小学校では、一気に100人近い同級生になります。
仲の良かった友だちとは別の学校になり、
新しい出会いの中で、合う子・合わない子が出てきました。
その中で、同じクラスのある子と衝突するようになります。
小さな積み重ねが、心を削っていく
その子とは、児童クラブやサッカーでも一緒でした。
・唾を吐きかけられる
・リフティング中にボールをぶつけられる
・立ち入り禁止の場所にボールを投げ入れられる
一つひとつは小さく見えるかもしれません。
でも、それが積み重なっていきました。
児童クラブは辞め、学校帰りは祖母の家へ。
環境は変えたけれど、教室では顔を合わせ続けます。
その頃から、息子は言うようになりました。
「今日、行きたくない」
行きたくない朝と、親の現実
熱があるわけでも、体調が悪いわけでもない。
ただ「行きたくない」。
最初は時々だった欠席が、少しずつ増えていきました。
ある日、先生からこう言われます。
「お母さん、もう今日が最後ですからね!」
正直、つらかったです。
私だって行ってほしい。
でも仕事もある中で、毎朝付き添うことはできません。
悩みながらも、
「先生が今日が最後って言ってたよ」と伝えると、
息子はまた登校するようになりました。
手を差し伸べてくれた人たち
サッカーは、息子の大好きな場所でした。
でもその子との関係がつらくなり、
「もう行かない」と言うようになります。
そんなとき、スポ少の会長さんが動いてくれました。
自分の息子さんたちに声をかけて、
家まで迎えに来てくれたり、
休みの日に遊びに来てくれたり。
学年も違うのに、教室に顔を出してくれることもありました。
そのおかげで、息子はまたサッカーに行けるようになりました。
合う人も、合わない人もいる
この出来事を通して感じたこと。
それは、
「いい人もいれば、合わない人もいる」ということ。
1年生のこの頃は、
まだ“完全な不登校”ではありませんでした。
でも、息子にとっては確実に
はじめての社会の壁だったと思います。
そして同時に、
人の優しさにも触れた時間でした。
あのとき支えてくれた先輩兄弟と、会長さんには、
今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
同じように「行きたくない」と言う子を持つ方へ。
その言葉の奥にあるもの、少しだけ想像してみてもいいのかもしれません。

