中学2年の終わりごろから、少しずつ変化が見えていました。
授業についていけないことへの不安から塾に入り、1年生の内容から学び直すことになりました。
英語や数学だけでなく、自分から理科・国語・社会の問題集も欲しいと言い出したことを覚えています。
学校には行けたり行けなかったりでしたが、気持ちが完全に離れていたわけではありませんでした。
「英語は勉強した方がいいかな」
「テストを頑張る」
「文化祭に出ることにした」
そんな前向きな言葉が出てくることもありました。
「受験だから行く」と自分で決めた
中学3年になるとき、息子は「受験があるから行く」と自分で言いました。
それまでのように周りから背中を押されるだけではなく、自分なりの理由を持って学校に向かおうとしたのだと思います。
担任の先生は変わりましたが、中学2年の担任の先生の後輩の先生でした。
引き継ぎはしっかりされていたようで、比較的スムーズに新学期を迎えることができました。
少し若い先生だったので、中学2年の担任の先生とはまた違った雰囲気でしたが、それでも新しい環境の中で学校生活が始まりました。
時々休むことはありましたが、しばらくは登校することができていました。
10月、また行けなくなる
ところが、10月ごろからまた登校が難しくなっていきました。
はっきりした理由は、今もよくわかりません。
本人に聞いても「よくわからない」と言っていました。
受験を控えている時期で、このまま休むことが不利になることは本人もわかっていたと思います。
それでも、思うように体も気持ちも動かなくなっていきました。
ちょうどその頃、私の父(息子にとって祖父)が亡くなりました。
それが直接の原因だったとは言い切れません。
ただ、お葬式の少しあとから登校が難しくなっていったことは覚えています。
受験への不安、学校で積み重なっていたもの、家庭で起きた出来事。
何かひとつではなく、いくつかのことが重なっていたのかもしれません。
修学旅行と文化祭には参加できた
登校が難しい時期ではありましたが、修学旅行には参加することができました。
そして文化祭では、合唱にも参加しました。
文化祭は、私が中学校で参観できたほぼ唯一の行事でした。
ステージに立つ姿を見られたことは、今でも印象に残っています。
学校に毎日通うことは難しくても、こうした節目には力を出せることがあるのだと感じました。
最後は受験に向かった
中学3年は、順調に学校へ戻っていった一年ではありませんでした。
途中でまた登校が難しくなり、不安もありました。
それでも最後は受験に向かいました。
思うようにいかないこともありましたが、公立1校、私立2校を受験して私立1校にだけ合格することができました。
結果だけを見ると小さく見えるかもしれません。
でも私にとっては、ここまでたどり着けたこと自体が大きなことでした。
中学3年を振り返って
中学3年でいちばん印象に残っているのは、「受験だから行く」と本人が自分で言ったことです。
途中でまた立ち止まることはありました。
それでも、
- 自分で行こうと決めたこと
- 修学旅行に参加したこと
- 文化祭で合唱に参加したこと
- 最後に受験をして進路を決めたこと
そのひとつひとつは、本人なりに前に進もうとしていた証だったのだと思います。
次はいよいよ高校生活です。
「高校は普通に通いたい」という希望を持っていた息子ですが、またもや不穏な影が現われ始めます。

