※この記事は保育園児の不登校(登園しぶり)について書いています
まだ「不登校」という言葉が思い浮かばなかった頃
子供が「保育園に行きたくない」と行き渋ることは
決して珍しいことではありません。
私自身も当時は
「よくあること」「そのうち慣れるだろう」
そう思っていました。
この頃はまだ、「不登校」という言葉が
自分の生活と結びつくとは考えてもいなかったのです。
入園当時の状況
我が家の子どもは二人。
娘が4歳、息子が1歳のときに保育園へ入園しました。
入園前には、未就園児が親と一緒に通える教室に
週何度も参加しており、
先生方の顔にも慣れているつもりでした。
入園初日の出来事
ところが、入園初日。
息子はまったく教室に入ろうとせず、
泣き続けていたそうです。
泣き止まなかったため、
先生が一人付き添い、園庭で遊ばせることになりました。
給食の時間になってようやく教室に入り、
先生のひざの上で給食を半分ほど食べたと報告されました。
今思い返すと、
この時点ですでに息子なりの精一杯の
「行きたくない」アピールだったのかもしれません。
息子にとっての「不自由さ」
それまで自由に遊んでいた息子にとって、
- みんなと同じ行動を求められること
- 家に帰りたくても帰れないこと
- 好きな遊びができない時間があること
- お遊戯会など、気乗りしない活動への参加
これらはとても窮屈なものだったのだと思われます。
それでも、徐々にお友達も増えたりして
少しずつ保育園生活には慣れていきました。
親として感じていたこと
ある日、「行きたくない!!」と激しく抵抗する息子を、
仕事に遅れそうになりながらひっ抱えて連れて行ったことがあります。
その時に噛みつかれ、鎖骨の下あたりに内出血が残りました。
当時は必死で、
「どうするのが正解なのか?」
考える余裕はありませんでした。
友だちとの関わり
幼児クラスまでは、
友だちとの大きなトラブルはなかったようです。
特に、姉のクラスの男の子たちと
外遊びの時間によく一緒に遊んでもらっていたようです。
そのぶん、転んでケガをして帰ってくることも多く、
あとから先生に相談したこともあります。
息子は、
外で体を動かして遊ぶことが何より好きな子でした。
反対に、教室の中で過ごす時間は苦手だったように思います。
今振り返って思うこと
幼児クラスから年少組へ進む頃、
息子の様子は少しずつ変わっていきました。
この時はまだ、
それが後に続く長い長い時間の始まりになるとは、
思ってもいなかったのです。
※この続きは保育園編②で書いていきます。
